2011年10月14日金曜日

黒崎神社の赤い虎


広田半島の南、リアス式海岸の岩や断崖を見下ろす位置に黒崎仙峡温泉という保養施設がある。
私たちが長洞に滞在すれば必ず行く、お楽しみスポットだ。
温泉の近くに、平安末期創建の黒崎神社がある。神社に接して公園があり、双方が一体となって清々しい緑のオープンスペースを構成している。
10月1日、その神社前に長さ20メートルを越える長大なハシゴが建てられていた。黒崎神社祭礼の奉納芸能最大の呼び物、「梯子虎舞」の舞台装置である。

虎舞とは、私たちの目には獅子舞と変わらないように見えるが、要するに魔物の形象。この虎をハシゴの上におびき上げ、ゆったりとしたテンポで舞いながら登る。おおどかなリズムの中に緊迫感の伴うユニークな芸能である。高度な技術を要するので、根岬集落にのみ伝承されている。
舞のストーリーはこうだ。
10月、即ち神無月、出雲に向かおうとするこの土地の神様の行く手を魔物が邪魔をする。そこで、ある賢い者(才坊)が一計を案じ、魔物を高い岩場の上に誘い出し、その隙に神様一行が通り抜ける、という伝説。
本祭りでは、各村の神輿が神様なので、参加した神輿分、虎舞が行われるはず。

衆目を集める魔物の化身、赤い虎は、2人1組になって演じられる。
才坊におびき寄せられる魔物、赤虎は、梯子の途中で右に左に威嚇するような身振りをしながら上へ、上へと登っていく。頂上に達すると舞手は衣装の中で体を組みなおし、一人は虎の面の構えを保ちつついきなりダイビングをする。(衣装の仲では、後ろ向きにのけぞって反動で戻る動きをしているのだろう。驚異的な腹筋背筋力)
虎の飛翔を思わせる大きなスウィングを繰り返した後、突き出た梯子のてっぺんに足を掛け、大見得を切る。
このクライマックスに観客は度肝を抜かれ、ハラハラしながら大喝采をする。という趣向になっている。

実は、私たちが見たのは練習風景。本祭りの際は、虎舞を含めた広田半島の主要集落が総力を挙げた郷土芸能の競演になるそうだ。今年は、大震災による特殊な事情で、根岬に伝わる虎舞の部分だけ敢行することになった。
翌日は、笛、大太鼓、女性軍による小太鼓連が揃った総連集があるというので、当然、また見に来ることにした。
4年後の本祭り、何としても見たいものだ。想像しただけで陶然としてくる。
2011・10・12 a.y.

右に吼える

左に吼える

登ってきた

ジャンプ


2011年10月9日日曜日

方言力


仮設住宅の暮らしも一月ぐらい経った8月のある日、長洞元気村の村上誠二さんが別の仮設住宅に住む知り合いの老人に会ってこんな会話をしたそうだ。

誠二 「カセツの暮らしはなじょなもんだ?」
老人 「オラァ、豚小屋のブダみでだ」
誠二 「んだば、たんと食べて、そのうぢ高く(たがぐ)売ればいい」

こざっぱりした部屋を与えられ、物資の配給もあるが、やることがない。ただ、喰って寝るだけの暮らしだと嘆いているのだが、6ヶ月もたつのに復興への道筋が示されず、宙吊りにされた被災者の心理を言い当てている。
仮設住宅において、復興に立ち向かう暮らしが営めているか、という我が研究会の重大な関心に触れる事柄でもある。
だが今回は、“音楽の素養があるなら音符を付けたい”と思っうほど、このやり取りはもうひとつの興趣をそそるので、その話題にしたい。
それは、方言の魅力である。

ここは岩手県気仙地方なので、使われている言葉は気仙語などと言われれている。(井上ひさしさんの造語かもしれないが)
東北弁を、濁音の多い訛りのある言葉と単純に思っている人がいるが、東北の方言はひとつではない。それどころか極めて多種多様だ。
とは言え、地域的な連なりに沿って一種のグラデーションをつくりながら変化している。
東京から順に見てゆくと、茨城、福島と連続し、福島から山形と宮城に変化の流れが二手に分かれる。宮城で変化した傾向に岩手で大きな特徴が現れる。と、私が感じている特徴とは“抑揚”である。
ゆったり、もしくはのったりしたリズムを取りつつ音程が上下する独特の抑揚。
そして、会話のユーモラスな掛け合いと一体となってこの特徴が構成されている。ユーモアこそ、生きる充実の証だと言わんばかりに。

村上誠二さんは、実はこの方言(気仙語)を織り込みながら話す、トークの名手なのである。
3月11日の修羅の光景、集落の団結、勝ち取った元気村とその運営。
あるシンポジウムで聞いた村上さんのこの話は、ひとつの村のエピソードながら、あの歴史的事件の展開を凝縮していて一種の迫力がある。
組み立ての分かりやすさに加えて、随所に現れる気仙語の会話が話をヴィヴィッドにするので、聴衆はつい惹きこまれてしまう。
方言力は表現力だと思う次第である。
2011・10・08 a.y.